たまごを焼く、おいしそうな匂いが漂ってきた。
かたかたとヤカンの蓋が動く音がする。
部屋の扉が開く音がして、花のような甘い香りが漂ってきた。
「お坊ちゃま。起きてください?」
「・・・・・?」
意識の隅で聞こえてきた言葉にうっすらと目を開くと、
金色の瞳の端正な顔が視界にうつった。
やんわりと笑う顔は随分と昔に見たものとどこかかぶる。
「・・・・。」
「・・・・どうしたよ、親父。」
ノリ、わりぃぞ。と息子である彼はケタケタと笑う。
自分が学生の時のその時間が流れているのかと一瞬錯覚をおこす。
しかし自分はすでに大人であって、ここはホグワーツでもない。
「・・って。どうしたよ?」
「・・・・・かなしくなっただけ。」
「ふーん。」
腕を伸ばして自分の腕の中にを閉じ込めると、ただ優しく抱きしめる。
は抵抗せずにおとなしく僕の腕の中にいた。
僕の腕の中にすっぽりと入ってしまうなんて学生時代ではありえないことだった。
今は僕は学生ではない。
かちかちと時計の針が動く音だけがした。
「ねぇ・・・・なにかしたの?」
「なにを?」
「・・・・空間がゆがんでるんだ。
君の部屋のほうの壁がおかしい。」
壁を指差して息子にそちらを見るように促す。
ぐにゃりと曲がったかと思うとまた無機質な壁に戻り、次は透けてみせる壁。
その向こうにはの部屋がある。
そうとなれば、そこでなにかが起きたと考えるのが普通であろう。
「・・・わりぃ。もう体力使い果たしたんだわ、俺。」
だから、空間を元に戻す力がなかったといいたかったらしい。
疲れたような表情では笑ってみせる。
「なんで?」
どうして、体力をつかいはたしたのか?
理由はわかっているがここは聞いておかなければならない。
彼の額にかかった髪を払いながら囁くようにきくと
は小さく声をあげて自嘲的な笑みを浮かべた。
「あいつを解放したから。」
「・・・・もうそんな時期だっけ?」
「あぁ。昨日の夜、胸糞悪い夢見た。」
息子の中に巣食う白い大きな龍。
それを解放するために、どうやら彼は自室を一時的に
無理矢理大きな空間に作り変えたようだ。
マグルの住宅街である2LDKのアパートのこの土地で外に出て
あの龍を解放するとマグルに見つかって
魔法省のお咎めにあうとはいえ随分と無茶な事をしたと思う。
やさしく髪を撫ぜると、はくすぐったそうに身をよじらせた。
「また・・・悪い事でも見えた?」
「・・・・・あぁ、そうだな。」
内容は自分の主人以外には明かしてはならない。
だから、に実際に見た内容まで聞くことはできない。
つらいことなら、言えば少しは楽になるのにそれをはかたくなに拒む。
自分でも縛られているとわかっているのにはそこから抜け出そうとしない。
「ごめんね・・・つらいよね、。」
「フランツ。お前のせいじゃないって何回いえばわかんだよ。」
息子である今の立場からではなく、学生のときの立場で僕の名を呼ぶと、
は、おら。っと額にでこピンをかました。
じーんと叩かれたところが熱くなった。思わず額を押さえた僕の隙を見計らって、
は腕から抜け出し、腰に手を添えてにっこりと微笑んだ。
「さ。親父。朝食さめるからさっさと食え。」
そういわれて、息子の服装を見てみると黒いエプロンを装着している。
朝ごはんの支度をしていたらしい。そういえば、さきほどからいい匂いがしていた。
「うん。それじゃぁいただこうかな。」
ごそごそと暖かい布団を抜け出して、僕は息子に手を引かれリビングに足を向けた。
これが僕の少し曇りがちな朝の出来事。
20041120