目の前に広がっていたのは自然の宝だった。

生い茂る緑の中に突き抜ける水色の空。大きすぎず小さすぎない滝つぼ。

その水は川底が見えるほど透明で、はねる水しぶきが鮮やかに虹を作り出していた。

轟々と落ちる水の音の間に入る小鳥たちのさえずり。


自然って人間ががんばって作り出す以上のものを

そこにあるだけで作り出すから、本当にすごいと思う。



「ここね、ボクのひみつのばしょなんだ。」


「俺に教えてよかったのか?」


「うん!これのありがとうだもん!」



たい焼きを目の前に持ってきてその子は笑う。

こんなものひとつでこれだけきれいな秘密の場所を教えてもらえるなんてずいぶんと得した気分になった。



「俺こそありがとうな?」



頭をつかむようにがしがしとなぜると、その子はくすぐったそうに目を瞑りながら笑った。

早く食べな。と微笑んでやると元気よくうなづき、たい焼きをほおばり始める。

それをほほえましく眺めながら、俺は滝つぼに近づいた。

水の中に手を浸してみると、一瞬手を抜いてしまいそうになるほど冷たい。

ずっと浸しているとその温度に慣れてきて、気持ちよくなってきた。



「ん?」



透明な川底を見て楽しんでいたら、突然水が少しだけにごり始める。

洪水などの土砂の類ではない。茶色っていうかどちらかというと黒だ。

ここがこんな風ににごるっていうことは上流の方で何かがあったという証拠。

好奇心に駆られ、上流のほうにいってみたいという気持ちが沸き起こる。

くるりと後ろを振り向いて、

すでにたい焼きを食べ終わっていた少年と話すために俺はその子に近づいてかがんだ。



「俺、今から上にいってみっから。
 ここから一人で帰れるか?」


「うん!」



頭をなぜながら聞いた俺の質問にその子はにっこりと笑って元気よくうなづいた。

ひらひらっと手を振ると小さな手を一生懸命振って、その子は元来たほうにとてとてと走っていった。



「さてと。」



少年が茂みの向こうに消えたのを確認してから俺は上流を見上げる。

滝の横は岩でできている少し急な坂道になっている。

バランスを崩すと危険そうだが上れないわけでもなさそうだ。

ひとまず岩場に足をかけてみると、案外しっかりしている。

足場を確認しながら岩場を登り、とりあえず滝の上まで来た。



「上から見る滝ってのも乙なもんだな・・・。」



自分がいる場所から水が下に落ちていっててなんだか自分が浮いてるように感じる。

下から見る滝つぼとはまったくイメージが違った。

滝つぼのほうから上流のほうへと視線を動かし、あたりを見回す。

相変わらず水はどこか黒くにごっている。



「もっと上のほうか・・・。」



とりあえず見えるところには異常は見当たらない。

だとすれば蛇行して伸びているもっと上流のほうに何かがあるはずだ。

じゃりじゃりと足場の悪い川の際を歩く。

体をなぜる風が生ぬるくなってきて、ぞくりと鳥肌が立った。



「なんだ・・・?」



なんだか体験したことがあるこの感覚。

なにかやばいものがあるのだと体が訴えかける。

だけどそれに反して体はとまることを知らない。

しかし蛇行していて木々の陰に隠れて見えなかった上流の先が見た瞬間足が止まった。



「!?」



「ほぉ。人間か?こんなところに何しにきた?
 わしに喰われにでも来たのか?」



胸のところにぽっかりと穴が開いた象ぐらいの大きな怪物。

川を黒くにごらせていたのは、ソイツの口からたれ流れている何かの血だろう。

口の端から飛び出ていた脚のようなものを飲み込んでソイツはにたりと笑みを浮かべた。

じりじりとソイツが近づいてくるにつれて上から圧力がかかってくる。

素手の俺が勝てる相手じゃない。何とか後ろに足を進ませて

一歩一歩後ろに下がっていくが相手も近づいてきているためにまったく意味を成さない。

むしろ相手のほうが早いため俺とソイツの間は近づく一方だ。

ソイツの手が目の前まで伸びてくる。



「お兄ちゃん!!」


「ふぅむ・・・珍しいこともあるものだな。人間が2人も来るなどと。」



突然響いた声にソイツの手が止まる。

興味深げに俺の後ろを覗き込んで、まるで舌なめずりをし品定めでもするように俺と後ろを交互に見た。

声の感じからしてさっきの少年だろう。どうして戻ってきたんだろう。でも今はそんなことどうでもいい。

このままでは二人ともやられてしまう。なんとか少年だけでも逃がさなければ。



「おい。」



眼力を強くして怪物を見ると、怪物は俺の方に視線を合わせる。

あぁ完全に。あれは捕食者の瞳だ。

そして俺はただ喰われる身。



「俺のことは喰っていい。だけどソイツは見逃してくれ。」


「お兄ちゃん!!」



少年の悲痛そうな叫びの後にまるで地鳴りのような低い笑い声が響く。

唇の端を噛んで、怪物をみあげるとソイツは蔑むような視線で俺をみくだした。



「小僧。まさかワシがその願いきくとでも思うたか?」



(やっぱり駄目か!)



そんなのこういう相手には甘すぎるとはわかっていた。

だが、少しでも可能性にすがってみたかったんだ。



「できるだけ遠くに逃げろ!!」



俺は後ろを向いて少年に叫ぶ。

少年はびくっと肩をすくませて、びくびくと俺の顔を見た。



「早く!!」



怒鳴るように叫ぶと少年はびくりと大きく反応してから

泣きそうになり、その場を駆け出した。



「そんな甘くないというておろうが!」


「させるかよっ!!」



少年を追いかけようと俺の隣を過ぎ去ろうとする怪物に回し蹴りをくらわせる。

思った以上の衝撃が脚に走り、痛みに僅かに眉をしかめさせると、眼光を強くした怪物が俺をにらみつけた。





 


2007/10/18


あとがき

させるかよっ!
思った以上にお話が長くなってしまったので分けました。
主人公さん視点ばっかり続いてるのはそんな理由なんです^^;