―――いつもと変わらない穏やかな日だった。




静かな室内に無機質なピピッいう機械音が鳴り響いた。

その音に促されるかのように、慣れた手つきで通信機のボタンを押して通信を繋げると

ぷつりという音とともに黒い画面が切り替わりモニターは見慣れた男の顔を映し出した。



「おはよう。どうかした?」



この回線をつかうということは緊急の時のため挨拶もそこそこに

何の用か。と問いかけるとモニターの中の彼は、

一度顔を下に向けて俺の視線から逃れてから、もう一度此方に顔をむけた。

どうやら、言いにくい内容らしい。



。今すぐ。・・・今すぐヘリオポリスを出てください。」


「・・・どうして?」



突然の懇願するかのような声に俺が驚き問いかけると、彼は言葉に詰まりしばらく奇妙な沈黙が俺達の間に訪れた。



「・・・。それは・・・。」



彼はなんどか唇を舐め、言い出そうとするがなかなかそれは音にならない。

促そうか。しかし、そうするとただでさえ焦っている様子の彼をさらに焦らせるだけかもしれない。

沈黙を決め込み暫く待っていると、カランカランと少し遠くののほうで鐘がなった。



「あ、ごめん。お客さんみたい。ちょっと待ってて。」


ッ!!」



彼が切迫した表情で呼び止めるが、俺はまゆをさげ少しだけ謝罪の表情を浮かべるとモニターの前を離れた。

まだ開店前とはいえ此処が喫茶店である以上、大切なお客様を放っておくわけにはいかない。

彼には悪いがなるべく早めに戻ってこよう。

パソコンの置いてある奥の部屋から、店内のキッチンと対面式になっているカウンターに顔をのぞかせると、

このごろではすっかり常連となったチョコレートのような茶色の髪とアメジストの瞳を持つ少年が

カウンター席に座って俺を待っていた。



「おはようございます。」


「おはよう。今日も学校?」


「はい。」



当たり障りのない世間話を投げかけると少年は嬉しそうに控えめに笑みを浮かべて見せた。

それにつられるかのように俺は笑みを浮かべ、冷蔵庫に冷やしてあった紅茶を取り出し、

グラスに氷をいれてそれを注いだ。

甘党の彼のために普通よりかは多めに砂糖をいれて、コトリと彼の前に置く。



「サービスしておくよ。頑張ってるみたいだから。」


「いいんですか?」


「うん。」


「ありがとうございます。」



少年は一言お礼を述べてから、アイスティーに口をつける。彼の喉がコクリと動いた。

週に2、3度顔を出すこの少年は、工業カレッジに通う学生。

優秀だがどこか抜けている。以前連れてきた彼の友人が彼のことをそう評していた。

考え事をしていたため思っていたより長い間見つめていたらしく彼は俺の視線に気づき、

光で透けていた茶色の髪の下からアメジストの瞳で不思議そうに俺を見上げながら僅かに首を傾げた。



「どうかしましたか?」


「ううん。なんでもない。」



店の郵便受けに入っていた新聞を取り出し、カウンターに戻って広げると

このごろでは一面に載ることが当たり前になってしまった戦争の状況についての記事が載っていた。

本格的な武力衝突からもう11ヶ月が経とうとしているのに、終わりの兆しは一向に見えない。

いつまでこの戦いは続くのだろうか。



「戦争・・・続いてますね。」



新聞を見ていた目を上げると、彼はストローで氷を崩しながらこちらを見ていた。



「思っていたより長く続いてる。確か・・・華南が今…や、もう落ちてるかもしれないかな。
 多分此処は大丈夫だとおもうけど・・・華南は本土に近い。」


「はい。でも、大丈夫ですよ。僕たちの国は中立国なんですから。」


「・・・そうだね。」


地球の衛星軌道上のL3に位置する宇宙コロニーであるヘリオポリスは中立国オーブのコロニー。

戦争が嫌だ。とそういう人たちがあつまる平和な国。

外の世界では人の命が毎日物のように失われているというのに、ここはあまりにも平和だ。

まるでぬるま湯に浸っているかのような幻想にもとらわれる。

自分はぬくぬくとこのまま此処に居ていいものか。そんなことをこのごろ・・・いやずっと前から考えている。



「・・・さん、どうかしましたか?」



知らないうちに溜息が漏れていたらしい。少年が心配そうに顔を覗き込んできた。

大丈夫。とでもいうように笑うと、彼は少し眉を下げて見せた。

多分このまま放っておくと根掘り葉掘り聞かれるだろう。

なにか話題を変えるために辺りを見回すと時計が目に入った。

キラの注意を俺からそらすにはちょうどいい時間だ。



「キラ。そろそろいかなくて大丈夫なの?」


「え?あ・・・もうこんな時間っ!?さん!ありがとうございました!」


「うん。頑張って。」


「はい!」



俺の言葉にキラは真夏の花のように明るい笑顔を浮かべてから、

隣の席においてあったかばんを引っつかんで慌てて店を飛び出していった。



溜息の理由を聞かれると困る。

あの子はこの国のことがきっと好きだから俺のこの国に対しての非難めいた意見は彼を戸惑わせることになる。



「あ。・・・忘れてた。」



途中までは覚えていたのだがすっかり忘れていた。

彼との通信をまだ繋いだままだ。

時計を見てみると随分と時間が過ぎてしまっている。

彼は忙しい人種だから俺のためにそんなに時間はかけられない。おそらく通信はすでに切っているだろう。

確認のために部屋に戻ると案の上モニターはすでに黒くなっていて、通信が終了された事を表していた。



「・・・また・・・連絡してくるかな。」



おそらくそれは無いだろうとおもいながらも

NO SIGNALと表示されているモニターの電源を落とし店の準備に取り掛かる。




”此処は大丈夫。”




その言葉が一瞬にして幻想に変わるなどと、俺達はまだ知る由もなかった。




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2005/12/27