自分の父に対する信頼が揺らいだのは本当にちょっとした噂だった。
中立国オーブの宇宙コロニー”ヘリオポリス”。
私は今、その地に立っている。
サラリーマンらしき男が携帯を片手に忙しそうに歩き回り、
小鳥が鳴いて。子供が風船を引きながら走り回って。
公園のベンチには老婦人が楽しそうにその様子を見ながら座っている。
一見するとただの平和な国。
しかし噂によるとそれは外見上だけの話だ。
「・・・本当なのか?」
その真相を知るらしい工業カレッジのカトウ教授との待ち合わせの時間まではまだ少し時間が合った。
一応念のためにカレッジの場所をもう一度確かめておきたい。
あたりを見回してみると都会の中では異質でしかし回りに溶け込むようなカフェテリアがあった。
今時珍しい型の手押しのドアを開けると、カフェテリアらしく珈琲のにおいが私の鼻腔に届いた。
店内は小ぢんまりとしているもののテーブル席はすべて埋まっており、
各々が新聞を読んだり自らの話に花を咲かせたりして、ゆったりと各自の時間を過ごしていた。
「いらっしゃいませ。」
若い青年の声がした。ウェイターだろうと思って振りむいてみると、
男というにはもったいないほど整っている容姿の青年がカウンターの中でやわらかく微笑んでいた。
「お前がマスターか?」
「はい。マスターをやらせて頂いてます、といいます。」
「そうか。」
営業スマイルとやらかもしれないが、相手が穏やかに微笑んでいるので
こちらもつられて笑顔になり、カウンター席のひとつに座った。
「何にしますか?」
「アールグレイを。」
「かしこまりました。」
いろいろな調理器具がある方向へは歩いていき、レトロなやかんにミネラル水を入れ火にかける。
大きくとられた窓からの光がの少し癖のある銀髪と横顔を鮮やかに照らし出した。
「・・・・?」
「はい。」
思わず声をかけると、はきょとんと首をかしげてこちらにやってきた。
真正面から顔を見て、私はすこし目を見開いた。
光の加減だろうかと思っていたのだがどうやら違うらしい。
「オッドアイ・・・なんだな。」
「えぇ。そうです。」
慣れているように私の問いに答え、綺麗に微笑む。その瞳は両方ともとても澄んだ色をしていて、
左が少しだけ濃いエメラルドグリーン。右はどこか暖かい感じのアイスブルーだ。
「とても・・・とても綺麗だ。」
そういうとは目を丸くして、その端正な顔を驚きの表情で満たした。
そしてとてもやわらかくその瞳を細めて微笑んでみせる。
「・・・以前・・・同じことを言った人がいます。そんなに素直に言っていただいたのは久しぶりです。」
そういいつつは私の前に薔薇の柄の繊細なカップを置いて、ティーポットからアールグレイをそそいだ。
こぽこぽと音を立てて、湯気を立てながら流れてゆくそれをみてから、の顔を仰ぎ見た。
「私は素直に思ったから、そういっただけだ。」
「ありがとうございます。」
はくすくすと笑った。
「それも・・・。」
出されたアールグレイを口に含んでいたが、その動作を一時停止させのほうをみるとは申し訳なさそうに笑みを浮かべた。
かまわないから続けてくれと笑みを浮かべると彼は苦笑いを浮かべて続けた。
「それも言われたんですよ。友人に。」
「そうなのか?」
「はい。」
コクリと頷くと、は会計場に来ていた客の勘定をしにいく。
店内を見回してみると客はずいぶんと少なくなってきていた。
がカウンターに戻ってきて、当初の目的をふと思い出した。
「そうだ。。工業カレッジの行き方ってわかるか?」
「えぇ。・・・案内しましょうか?」
「・・・ちょっとまて。店あけても良いのか?」
「いまから休憩ですから。」
ふんわりと笑ってなんでもないことのようにはのんびりと言葉を発する。
「はっ!?ちょっとまて、今10時・・・。」
「昼食食べに行くので、ほんの一時間ほど。」
「はぁ!?」
普通、今の時間帯からが飲食店にとっては稼ぎ時だろう。
それなのになぜ。
あっけらかんと言ったような、その言葉に驚きに目を見開き正気だろうかと相手の表情を伺う。
「大丈夫ですよ。いつものことですから。」
そういいながら、は調理器具の電源を落としていく。
店内の客は気がつくと私だけになっていた。
どうやら彼が言うように本当にコレがこの店の常識らしい。
「で・・・でもっ!」
最後のひとつの器具の電源をおとし終えると、はくるりと振り向きにっこりとした笑みを浮かべた。
「お気になさらずに。カレッジの近くにいいランチの店があるのでそのついでと思ってください。ね?」
肩に手を置きながら、小首を傾げられて、私は言葉を発しようとしたが、なぜか言葉が出てこなかった。
「・・・わかった。頼む。」
あまり断り続けるのも相手の親切を切り捨てるようで失礼にあたるだろう。
「はい。」
うれしそうには微笑み、店の扉を開けた。
光がまぶしい。眉をしかめるとはくすくすと笑い、ゆっくりと歩き始めた。
それに遅れないようにすこし小走りになって、横に並ぶ。
「この先にレンタルエレカポートがあるんですよ。」
歩幅が違うのに、進むスピードは大して変わりなく、小走りになる必要はない。
もしかすると、はそこまで考えて歩いているのかもしれない。
ちらりと顔を盗み見ると、は首をかしげた。
「どうかしましたか?」
「な、なんでもない!そ、そ、そうだ!!
今はもう客じゃないんだ。敬語じゃなくてかまわない。」
その言葉には軽く目を見張って、それからやわらかく笑みを浮かべて見せた。
「じゃぁ、そうさせてもらうよ。」
ポートにたどり着いて、エレカがとまるとは至極自然な手つきで、私を中に促した。
嫌なことにそうされることに慣れてしまっている私は何のためらいもなく助手席に座り込んでから、しまったと思った。
「す、すまないっ!」
「?」
「そ・・そのっ!礼もいわずに先に・・・乗り込んで。」
徐々に尻すぼみになる私の声に、あぁ。とは納得したかのような声を出し、体をエレカに滑りこませた。
「女性だから当然のことをしたまでだよ。」
目的地をエレカに入力しながらそういってから、こちらをむいて気にしないでとでもいうような笑みを浮かべる。
どう返そうかと困っているとエレカが静かに発進して、風にあおられ髪が宙を泳いだ。
「そういえば、名前はなんていうの?」
「あぁ!すまない!言いそびれていたな。カガリだ。」
「そう。よろしくね、カガリ。」
「あぁ!」
小首を傾げて言われたその言葉に私は元気よく頷いた。
今更ながらに思ったのだが、は見た目が二十歳前後なのに、しゃべり方が随分と幼くどこか少年のようだ。
しかしそれがなぜか似合っている。いうと相手を不愉快な気持ちにさせるかもしれないけど。
現に私もほかの人に言わせれば、”男らしい”しゃべり方をしているのだからしゃべり方なんて人の好きなものでいい。
そんなことを思っていると、エレカが発進の時と同じように静かにとまった。
思っていたよりも距離はなく、自己紹介の時間だけでに目的地についたようだ。
はエレカの扉を開き、私より先に降りてから、私が降りるのに手を貸した。
随分とエスコートに手馴れている。こんな顔をして案外遊び人だったりするのだろうか?
「ありがとう。」
「いいえ。とりあえず、ここが工業カレッジだから。
後は・・・あ、いい所に。・・・サイ!!」
が声をかけた先には金に近い茶髪の色眼鏡の少年がたっていてこちらを不思議そうな目で見ていた。
「さん・・・?どうしてここに?」
「昼食休憩中。サイ。お願いがあるんだけどいいかな?」
「あ、はい。なんですか?」
「この子にカレッジの中案内してもらえるかな?」
「え!?!私は・・・!」
「えぇ。かまいませんよ。」
おたおたしている私にお構いなし。とでもいうように
はサイとか言う少年の方に後ろから両肩を押しやって私を差し出した。
「サイだったら俺も安心だから。じゃあね。」
「えっ!?・・・あっ!!!その・・・礼を言うっ!ありがとう!!」
「どういたしまして。」
本日何度目かの礼を言うと、は綺麗に微笑み再びエレカに乗り込んでそれを静かに発進させた。
「えっと・・・どこを案内したらいい?」
色眼鏡の青年が困ったような顔をして問いかける。私は帽子を目深にかぶり直した。
「・・・カトウ教授のところによろしく頼む。」
短くそうつげると、少年はぎこちなく笑みを漏らした。
突然知らない人間を押し付けられたら誰でもこうなるだろう。
私はちょっと部類が違う人間になるが・・・。
少年が「こっちです。」と私の前を歩き出す。
・・・今から明らかになるのだろうか?
お父様。
本当に私を。民を。国を裏切ったのですか・・・?
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2005/12/27