体が自由に動くようになってからシャワーを浴びて士官服に着替えた。

手をなんどか開いたり閉じたりしてみたが、もう違和感はない。

まだ体に触れられているような感触が体に残っていて気持ち悪い。

とりあえず自分のやるべきことをするために俺はブリッジに脚を運んだ。



「再度確認しました。半径5000に敵艦の反応は捕えられません。
 完全に此方をロストした模様。」



薄暗いブリッジの中でトノムラ伍長の声が響く。

俺が入ってきたことに特に誰も気付く様子はない。

邪魔をしないように扉近くの壁に背を持たれかけさせた。

ラミアス艦長が疲れたような息を吐き、俺も一旦目を閉じる。

なんだか本当に疲れたような気がする。



「アルテミスがうまく目をくらましてくれたってことかな。
 だったらそれだけは感謝したいがね。」



フラガ大尉が軽く肩をすくめながらラミアス艦長を見て、俺を見た。

一瞬驚いたような表情をしたがすぐにそれを笑顔に作り変える。

多分、これは気を使われている。



。もう大丈夫なのか?」


「うん。もう大丈夫。心配かけてごめん。 
 それにラミアス艦長に報告しなければいけないし、いつまでも寝ていられないよ。」



俺の言葉にラミアス艦長は少しだけ首をかしげてこちらを見た。



「どうしたのかしら、さん。
 ・・・あら、どうして士官服を?」



驚きに開かれる目に俺は苦笑を返して、敬礼の形をとった。



「この度ガルシア指令の・・・・ご好意により中尉になりました。
 体調不良のため少し報告が遅れました事をお許しください。」



好意というにはあまりに屈辱的。しかし、コレはラミアス艦長に言うべきことではない。

フラガ大尉が複雑そうに眉根を寄せた。



「・・・・・・。
 ・・・・さん、ごめんなさいね。こんなことに巻き込んでしまって。」


「いいえ。自分で決めたことですから。」



申し訳無さそうな顔をするラミアス艦長に笑みを返した。

この人は軍人に向いていないような気がする。

他人の痛みを自分の痛みのようにとらえている。そんな気がする。



「しかし・・・。」



バジルール少尉が沈んだ声でラミアス艦長のほうを向いた。

その言葉にラミアス艦長は静かに頷く。



「えぇ、分かっているわ。
 ローラシア級がロストしてくれたのは幸いだけど、此方の問題は何一つ解決していないわ。」


「・・・?」



俺はいまいち意味が分からなくて首を傾げた。

俺が部屋にこもっている間にこの船にはなにかの問題がおこったらしい。



「あぁ、そうだ。フラガ大尉。
 キラはどこ?さっき部屋と食堂覗いたんだけど見つからなくて・・・。」



俺が部屋に閉じこもった後、扉の外でキラと大尉の会話が聞こえた。

多分心配してくれたんだと思う。

だから、もう大丈夫。ってそう言おうと思ったんだけど彼の姿は見当たらなかった。



「坊主か?たぶん格納庫でストライクの整備してると思うぞ。」


「わかった。ありがと。」



フラガ大尉に微笑をつけて礼を言ってから、俺はブリッジの外に出る。

格納庫に向かうために廊下を歩いていると、食堂の方からカレッジの学生達の声が聞こえた。



「でもやっぱ、謝っておいた方が良くない?この場合。」


「お前の一言のおかげであいつがとんでもない目にあったことであるのは事実だからな。」


「でもぉ。私はただ・・・。」


「・・・?」



気にかかりながらも俺は食堂の前を通り過ぎる。

どうやらフレイが誰かに謝るとかいう類の話らしい。多分キラあたり。あんなこといったんだし。

でも謝るって強制される事じゃなくて、自分からするから意味があることのような気もするのだけれど。

彼女はお嬢様でそういう生活に慣れてしまっているから仕方がないといえば仕方がないのかもしれない。

彼女も悪気があってキラの事をコーディネーターだといったわけではない。

世間を知らないから。それがあとで大変なことを引き起こさなければ良いのだが。



「あいつがコーディネーターだって言うのは微妙な問題なのさ。この状況じゃね。」


「!?」



そんな思いをめぐらしている時にトールの声が聞こえ、俺は思わず足を止めた。

・・・それは俺にも当てはまる事。

本当に微妙なのだ。この状況下でコーディネーターだというのは。

小さく口の端をかんで俺はそこを早足に立ち去った。




◆◆◆




格納庫に来てみると、ストライクのハッチが開いていて

キラはそこにいるのだと確信した。

低重力の中、床をけってハッチのところまで浮遊しその中を覗く。



「キラ。」



キラはカタカタとキーボードを打っていた手を止めて、顔を上げ大きな紫の目を見開いた。



・・・さん。大丈夫なんですか、もう。」


「うん。心配かけてごめんね。」



キラは俺の顔を下から見上げるようにして首を小さく傾げた。

大分心配してくれていたんだろう。表情にそれが現れている。

安心させてあげれるかはわからないけど俺は微笑を浮かべた。

すると、キラは瞳を伏せて小さく首を振る。



「いえ・・・。でもさんが戻ってきて良かった・・・。
 ・・・ねぇ、さん。」


「ん?」



沈んだ声。これは・・・キラの心を誰かが傷つけた可能性が高い。

どこか消えてしまいそうなそんな気さえする。

この子は驚くほど繊細だ。傷つけることはたやすい。

この子を傷つけたのは誰だろう。知らずの内にイラついている自分がいた。



「僕、裏切り者・・・らしいんです。」


「・・・アルテミスの人に言われたの?」



無言で頷くキラの肩が微かに震えている。

痛いぐらいに傷ついた心。同調したのか、俺もなんだかつらい気持ちになる。

俺もラミアス艦長のこといってられない。軍人に向いてないって、親友には何度も言われた。

そっと肩に手を置くと、キラは少し濡れた瞳で俺の瞳を見上げた。



「それなら・・・俺はもっと裏切り者だから。」


「!?」


「キラと一緒。・・・だから一人で抱え込まないで。
 ・・・共有したらきっと少しは軽くなるから。」


「・・・共・・・有?」



少しかすれた声でキラが呟く。

微笑んで頷くと、キラは泣きそうに顔をゆがめた。

少しでもキラの負担が軽くなれば、それに越したことはない。

この子の傷を・・・俺は癒したい。



「・・・ありがと・・・うござい・・・ます。」



傷ついた瞳をキラは少しだけやわらかく細めた。




◇◇◇




キラが落ち着いてから俺もコクーンの整備をし終わって

食堂に戻るとカレッジの生徒達は食事をとっていた。



「ストライクとコクーンの整備完了か?」


「一応はね・・・でも。」



苦笑を浮かべながらキラのほうを向くと、キラは頭をかくような仕草をした。


「パーツ洗浄器もあまり使えないからまいっちゃうよ。
 手間ばっかりかかって。」


「でも宇宙でよかったよね。たぶん地上なら整備どころじゃないよ。」


「それもそうですね。」



キラとお互いに微笑みあっていると、フレイが小さく溜息をついてサイが横から突っついた。

俺は気がついてそちらを一度みたけど、キラはそれに気付く気配はない。



「あ、あのキラ?」


「え?」



立ち上がって近寄ってきたフレイにキラは少しきょとんとした表情を作った。

フレイは一度俺にも視線を向けてから、キラと視線を合わせる。

ますますキラは首を傾げた。キラってかなり鈍いのかもしれない。



「この間はごめんなさい!私・・・考えなしにあんなこといっちゃって。」


「あんなこと?」



おそらくかなりフレイも悩んで謝る事を決めたのだろうけれども

キラはいまいち何のことか分かっていないようで首を傾げた。



「アルテミスでキラがコーディネーターだって・・・。」


「え。あぁ、別に良いよ、そんな事。・・・気にしてないから。」



キラは目線をフレイから逸らして少し自嘲気味に言葉を続けた。



「本当の・・・ことだしね。」



キラが少し戸惑ってから微笑んで返した言葉にフレイは安心したような顔をした。



「ありがとう。」



フレイがサイの方へ視線を向けるとサイは困ったように溜息をついた。

あぁ、この子は。多分罪の意識など感じていない。きっと謝罪は上辺だけで。

キラのさっきの言い方は気にしていないというものではないだろう。

フレイにはそれがわからない。・・・これではこの子は人を傷つけてしまう。



「そういえば、さん昇格でもしたんですか?」


「え?」



一人思いに沈んでいるところを、突然サイに声をかけられ少し慌てる。

そういえば、俺は今士官服を着ているんだ。



「あ、僕もそれきこうと思ってたんです。」


「あぁ、うん。いろいろあってね。中尉になりました。
 でも普通に接してくれていいから。」



階級なんてただの飾りだし。と小さく肩をすくめて言うと

学生たちは穏やかに笑みを浮かべた。



「・・・でも本当。これからどうするんだろう。艦長さんたち」



僅かにしか水の入っていないコップを見てキラは少し眉をよせて呟いた。

そういえば先ほどブリッジで問題があるといっていた。

水の制限措置が出ているところから考えると、おそらくそれは補給の問題。

俺は少し天井を仰ぎ見た。いずれにしろ補給はどこかでしなくてはならない。

そのためにどこかにはよるだろう。どこかは知らないけれど。



「わからない・・・けど。どこかで補給はするだろうね。
 だから忙しくならないうちにご飯、食べておこう?」


「・・・はい。」



キラは少し沈んだような笑顔を見せてから、言葉を返した。

学生達も一様に沈んだ表情をする。

しまった。すこし失敗してしまったかもしれない。

未来の見えない不安。



「大丈夫だよ。なんとかなるって信じておけばなんとかなる時もあるから。
 信じよう?きっと大丈夫。」



笑みと共にいった言葉にカレッジの学生達は顔を上げて、すこし笑顔を取り戻す。

へタなことは言えない。だけど信じようという事は出来るから。

受け売りだけど、ほんの少しで良いから。少しでも彼らの不安を取り除きたい。

そして同時にそれは自分への励ましでもあった。




◆◆◆




「おー。全員集まってるな。」


「・・・?」


「フラガ大尉。どうかした?」



食事を食べ終え、少し休憩していたところに

フラガ大尉が突然食堂に入ってきてみんなの視線がそちらに集まった。

俺が席を立って、そちらに近寄りながら問いかけるとフラガ大尉は快活な笑みを浮かべた。



「ブリッジ集合。連絡があるから。」


「わかった。みんな聞こえた?」


『はい。』



綺麗に声がそろった。それに微笑んでフラガ大尉が歩き出したので

俺もそれについていくと、学生たちも席を立って後からついてきた。

カルメンの笛吹きみたい・・・。



「ねぇ、大尉。なんの連絡?」


「・・・今一番困ってる補給の連絡。詳しいことはブリッジで。」



耳打ちでささやかれた言葉に俺はコクリと頷いた。








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2006/02/04