「あら、キラ君。君のシャンプー使ったの?」
「え?」
バスルームに向かおうとしていたさんのお母さん・・・フィリスさんはすれ違いざまにポツリと僕に問いかけた。
薄い桃色のバスローブを体に巻きつけたフィリスさんは僕に顔を近づけて匂いを嗅ぐように鼻を動かす。
匂いでそのことを判断してるのだとわかって僕も自分の匂いを嗅いで見る。
僕がつかったシャンプーとボディソープの柔らかなバラのにおいがした。
「えっと・・・一番手近にあったものを使わせてもらったんですけど・・・。」
すっきりと薄い水色で統一されたバスルームの中。
水を浴びるだけでも良かったのだけれど気分的にさっぱりとしたかったので
いくつかあるシャンプーのボトルの中一番手近にあったシャンプーとボディーソープを借りたのだ。
「あ、俺もしかして直し忘れてた?」
さんが何かを思い出したように僕に問いかけるけど
この家の事情はわからないのでフィリスさんに視線を向けるとにっこりと笑い、首を傾げられた。
「そうみたいよ?」
「悪いヤマト。その香り嫌いじゃないか?」
「いえ、そんなことは。」
ポンプを押して手のひらに液体を広げたとたんに香ったバラの匂いはフィリスさんとは違うものだと確かに思った。
なぜこの匂いがフィリスさんからしないのか。
疑問にそう思ったが香水で消しているのだろうと勝手に納得していた。
どうやらあの香りはさんのものだったらしい。
そういえば先程近くでさんと話したときそんな香りがした気がする。
あの時は自分の匂いのほうがきつくてあまり気がつかなかったが
柔らかなバラの香りは決して嫌なものではない。
むしろどこか高貴な感じのするさんにピッタリだと思う。
僕に似合うかどうかは置いといて。
「いい匂いだと思います。」
「そうか。ならいい。」
さんはそういうと再び料理に取り掛かるため体を反転させた。
フライパンの上で具材が油で炒められ、おいしそうな匂いと音をさせていた。
「さーて。私もシャワー浴びてこようかしら。」
フィリスさんはわざとらしく伸びをしてバスルームのほうへひたひたとはだしで歩いていく。
料理中のさんの手伝いをしようにも勝手がわからないからかえって邪魔だろうし
僕は料理が得意な方ではない。むしろ苦手。
どうしようかとその場に突っ立っていると料理を終えたらしいさんはくるりと体をこちらに向けた。
手にはぺペロンチーノらしきスパゲッティが盛られた四角い平皿が左右に一つずつ。
「・・・立ったままだったのか?
気、遣わなくていい。そこ座って。」
「はい。」
椅子を引いて腰をかけるとさんは僕の前にコトリと平皿を一つ置き
モダンなデザインの黒い机の上に小さなナフキンをしきその上にフォークを置いた。
「あ、スプーン使うか?」
そういいながら、さんはガラスのグラスにお茶をそそいでお皿の横に置く。
「いえ。大丈夫です。
・・・いただきます。」
手を合わせてそういうとさんは真正面の位置に腰を下ろしフォークを手に取りパスタを絡めた。
家で人が作ったご飯を食べるなんて何時ぶりなんだろう。
外食に連れて行ってもらったりコンビニのお弁当やパンで済ませたり。
そんな生活ばかり送ってきた。
とにかくこの前、人の手料理を食べた時がいつなのかということが
すぐには思い出せないほど以前であったことは確かだ。
僕もフォークを手に取りパスタを絡め口の中に運ぶ。
じんわりと口の中に広がる辛み。パスタの固さはアルデンテよりちょっと固い位のちょうどいいもの。
肩肘をまったくはらない素朴な味だけどソレが妙に嬉しかった。
僕はただもくもくとさんが作ったスパゲッティーを食べていて
暫くの間カチャリというフォークと皿が時々ぶつかる音しか部屋には響かなかった。
「ヤマト」
沈黙のなか心地よい声が突然僕の名前をよぶ。
目の前のパスタを半分以上食べ終わったさんがフォークをゆっくりと皿において僕に視線を向けた。
「はい」
僕はほとんど中身のなくなった皿にフォークを置き、
なんですか。という変わりに僕は小さく首を傾げてみせる。
そうするとさんは言いにくそうに眉根を少しよせて、僕から視線を外した。
大方予想がつく。そしていってしまったほうがさんはきっと楽だ。
「なんでココに来るかになったかですか?」
僕がそういうとさんは何度か目をしばたかせてから小さく首を振る。
(あれ?予想とちょっと違った。)
「いや・・・普通はソレを聞くべきなんだということはわかっている。
だが、どうせ母さんがヤマトに声をかけたんだろう?」
疑問の形をとっているがほとんど断定のような口調で問いかけられて僕は小さく頷いた。
「俺が聞きたいのは母さんはどうしてヤマトをみつけたかだ。」
「え?」
イマイチ言われた意味が解らなくて僕は小さく首を傾げた。
「うちの母さんの仕事はクラブのオーナーだ。
つまり…そういうところに行かなければあうはずがない。
そして母さんはそこでしか人を誘わないことに決めてる。
高校生であるはずのヤマトがなぜそんなところにいる?」
さんの赤銅色の瞳がまっすぐに僕に注がれる。
僕にだけそれが向けられているということを意識して
ゾクゾクと背中に何か電流のようなものがはしる感じがした。
さんの言葉がのせてる意味は純粋な疑問ではなく僅かな嗜めをもったもの。
違うことに反応しなければいけないだなんてこと分かってる。
頭ではそうわかっているのにどうしてこの人の動作、言葉は僕の心をこんなにときめかせるんだろう。
「心配してくれてるんですか?」
ふわりと・・・とろけるとお姉さん達には言われている笑みを浮かべてみせると
さんは額に手を当てて、小さく息を吐いてからなんともいえないような表情で僕に視線を投げた。
「その表情なら心配はいらなそうだな。」
声にちょっと苦笑が含まれていて
あぁ、呆れられている。と肯定の変わりに苦笑を返した。
この生活に慣れてる。って気付かれただろうな。これは。
さんはくるくるとフォークでパスタを絡めて口に運ぶ。
何度か噛んでから飲み込み、僕の後ろに目線を上げておそらく時計を確認してから僕に視線を落とした。
「家には帰っていないのか?」
「・・・わかります?」
あぁやっぱりばれてると苦笑を浮かべながら答えるとさんは困ったように笑いながら
目線をバスルームがある方に向けてから僕を見る
「あの場所にいるってことはそういうやつが多い。
言いたくなければ言わなくてもいいけどそんなに居心地が悪い家なのか?」
赤のような茶色のような。そんな不思議な透き通る色の瞳が僕を射抜いた。
どうしようか。答えるべきだろうか。そう迷っているとふと、さんは僕から視線を逸らし
いつのまにか食べ終わっていた僕のお皿とさんのお皿をもって立ち上がった。
何度か目を瞬かせてさんを見上げるとさんは口の端をあげる。
「言いたくなければ言わなくていい。そういっただろ?」
お皿を持ったままにっこりと笑うさんのその姿を見て
誰かに心臓を掴まれたみたいに鼓動が高鳴った。
いや、誰かじゃない。さんに。だ。
(なんでこの人はこんなにかっこいいんだ!)
さんの顔を見てられなくて僕は視線を斜め下にそらした。
「えっとヤマト・・・そんなに言いたくないことなのか?」
僕の動作を拒否だと誤解して受け取ったのか
少し焦りを含んだ不思議そうな響きをもってさんは僕に声をかける。
(違う。違うんだ。)
僕の中をこんなにかき乱す人なんて今までいなかったんだ。
だからどんな反応したらいいのかわからない。
だから顔を上げられないんだ。
「ヤマト?」
カタンと机に皿を置くような音がして、困惑しながら視線を上げるとさんの顔がすくそばにあった。
そして柔らかく頭に手を置かれ、そのまま撫ぜられる。
手が触れているその場所がどんどん熱を持っていっているようなそんな気がして
何か言ってこの状況から抜け出さなければと口を開きかけたその瞬間に
扉が開く音がしてフィリスさんがリビングに帰ってきた。
「・・・お取り込み中だったかしら?」
頬に人差し指を当てて小さく首をかしげるフィリスさん。
そういわれて今の状況に気付く。
顔を近づけあって、さんが僕の髪を撫ぜているというこの状況は
ともすれば甘い状況だと考えられなくも無い。
かぁっと頬に熱が上がってくる。どうしよう。まるで顔が焼けてるみたいだ。
フィリスさんがおや。とでもいうように驚いたような表情を見せた。
僕も驚いてる。いつもの余裕の僕はどこにいったんだろう。
「母さん違うよ。」
さんがくすくすと笑いながらフィリスさんのほうをみて僕から離れた。熱が離れていく。
名残惜しく思ってさんの姿を視線で追うと
それに気がついたさんが笑いながら小さく首をかしげた。
「どうした?ヤマト?」
「いいえ・・。」
僕はやっぱりさんをまともに見ることが出来なくて
視線を黒の机に落として小さな声でさんに答えた。
2007/08/20
アトガキ
久々すぎて主人公さんの話し方忘れてるぽい 笑
こんなんであってましたっけ;;
次のお話はまた学校に戻るはず。多分。